石敢當 <沖縄県島尻郡八重瀬町>

沖縄県探訪で、八重瀬町富盛の石彫大獅子を訪れた途中、石敢當(いしがんとう)に出会った。6箇所。

石敢當は、丁字路の突き当り等に設けられる「石敢當」などの文字が刻まれた魔よけの石碑や石標。日本では主に沖縄県に多く分布する。

石敢當

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石敢當(いしがんとう、いしがんどう、せきかんとう、せっかんとう)は、丁字路の突き当り等に設けられる「石敢當」などの文字が刻まれた魔よけの石碑や石標。石敢当、泰山石敢當、石散當等と書かれたものもある。中国で発祥したもので、日本では主に沖縄県に多く分布する。

分布
元来は福建省を発祥とする中国の風習で、泰山の頂上にも石敢當が存在する。中国本土、日本のほか、台湾、香港、マレーシア、ベトナム、シンガポールなどでも見られる。

中国の文献に記録された最初の実物「石敢當」石碑は宋代に発見されて、唐代の製作に属すと言われる。例えば、宋代の王象之の『輿地紀勝』、明代の黄仲昭の『八閩通志』及び『莆田県志』などの文献には、宋の慶暦年間に福建省中部の莆田県で出土した唐代の大暦五年石敢當の石碑が記載されている。碑文には「石敢當、鎮百鬼、壓災殃、官吏福、百姓康、風教盛、禮樂昌。唐大暦五年四月十日縣令鄭押字記。」とある。

福州に現存する中国最古の石敢當
中国で現存する最古の「石敢當」は、福建省中部の省都福州にある于山碑廊に位置する、南宋紹興年間の石敢當である。この石碑は文化大革命の期間に、福州の倉山区高湖郷江辺村で発見されたと言われている。石碑は花崗岩で作られ、高さは約80センチ、幅は約53センチである。碑文には、上部に「石敢當」の三文字が横に刻まれ、下部には縦に「奉佛弟子林進暉、時維紹興載、命工砌石路一條、求資考妣生天界。」と刻まれていた。

名称の由来
「石敢當」という名称の由来は、後漢代の武将の名前とも、名力士の名前ともされるほか、石の持つ呪力と関わる石神信仰に由来するとの説もあり定かではない。薮田嘉一郎、小玉正任は、五代晋の勇士説は、勇士死亡より100年以上前から石敢当があることを理由に成立しないとしている。

日本における石敢當

石敢當(沖縄県)
分布
日本では、沖縄本島を中心とする周辺諸島に数多く点在し、薩南諸島及び奄美群島を含む鹿児島県にもかなり存在する。小玉正任はその著書で「鹿児島県に1153基で沖縄県はきわめて多数、種々の統計を総合して1万基であろうか」としている。全国的には、2004年4月時点で29都道府県での分布が確認されているが、沖縄・鹿児島両県以外では、宮崎県に94基、秋田県に38基、徳島県に13基、大阪府に11基等と数は少ない。


2025年11月5日
沖縄県島尻郡八重瀬町

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